大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福井地方裁判所 昭和62年(行ウ)7号 判決 1992年1月17日

原告

金元直栄

金元幸枝

水脇達雄

右原告ら訴訟代理人弁護士

八十島幹二

被告

辻岡忍

河合茂

福井信用金庫

右代表者代表理事

山際喜一

右訴訟代理人弁護士

杉原英樹

被告ら補助参加人

松岡町

右代表者町長

河合弘和

右訴訟代理人弁護士

金井和夫

主文

一  被告辻岡忍は、被告らは補助参加人松岡町に対し、別紙物件目録一記載の土地について、福井地方法務局松岡出張所昭和六一年五月七日受付第七一七号所有権移転登記の抹消登記手続をし、別紙物件目録二記載の建物を収去して右土地を明け渡せ。

二  被告河合茂は、被告ら補助参加人松岡町に対し、別紙物件目録一記載の土地について、福井地方法務局松岡出張所昭和六一年五月一三日受付第七九〇号所有権一部移転仮登記の抹消登記手続をせよ。

三  被告福井信用金庫は、被告ら補助参加人松岡町に対し、別紙物件目録一記載の土地について、福井地方法務局松岡出張所昭和六一年八月二一日受付第一四一二号抵当権設定登記の抹消登記手続をせよ。

四  訴訟費用は被告らの負担とする。

事実及び理由

第一  請求

一  主文同旨

二  主文一項後段につき仮執行宣言

第二  事案の概要

一  争いのない事実及び明らかに争わない事実

1  原告らは被告ら補助参加人松岡町(以下「町」という。)の住民である。

2  町には、松岡町公有財産の交換、譲与、無償貸付等に関する条例(昭和三九年三月一三日条例第六六号、以下「本件条例」という。)があり、同条例には左記規定がある。

第二条

普通財産は次の各号の一に該当するときはこれを他の同一種類の財産と交換することができる。ただし、価格の差額がその高価なものの価格の三分の一を超えるときはこの限りではない。

(1) 本町において公用又は公共用に供するため他人の所有する財産を必要とするとき。

(2) 国又は他の地方公共団体その他の公共団体において公用又は公共用に供するため本町の普通財産を必要とするとき。

3  町は別紙物件目録一記載の土地(以下「甲土地」という。)を、被告辻岡忍は別紙物件目録三及び四記載の土地(以下「乙土地」という。)をそれぞれ所有していた。

4  町と被告辻岡は、昭和六一年五月六日、甲土地と乙土地との交換契約を締結した。

5  被告辻岡は、昭和六一年五月七日、甲土地について、福井地方法務局松岡出張所同日受付第七一七号所有権移転登記を経由し、同年七月下旬ころまでに同土地の引渡しを受け、現在、同土地上に別紙物件目録二記載の建物を建築して所有し、同土地を占有している。

6  甲土地について、被告河合茂は福井地方法務局松岡出張所昭和六一年五月一三日受付第七九〇号所有権一部移転仮登記を、被告福井信用金庫(以下「被告信金」という。)は福井地方法務局松岡出張所昭和六一年八月二一日受付第一四一二号抵当権設定登記をそれぞれ経由している。

7  原告らは、昭和六二年三月一〇日、松岡町監査委員に対し、本件交換契約が乙土地取得の必要性及び物件の価額差の点で本件条例二条に反することを理由に甲土地の返還及び所有権移転登記の抹消登記手続等を求める旨の措置請求をしたが、監査委員が右請求の日から六〇日を経過しても右請求に対する判断の結果の通知をしなかったため、本件訴えを提起した。

二  争点

1  被告信金の被告適格

2  本件交換契約が本件条例二条の次の要件を充たすか。

(1) 乙土地取得の必要性

(2) 甲土地と乙土地との価格差

3  右要件を充たさない本件交換契約の効力

4  本件交換契約が無効とされる場合、被告信金が、善意の第三者として、相対的無効の法理、民法一一〇条の類推適用、同法九四条二項の類推適用により保護されるか。

第三  争点に対する判断

一  被告信金の被告適格(争点1)

本件訴訟は、地方自治法二四二条の二第一項四号に基づく代位訴訟であり、住民が地方公共団体等の有する実体法上の請求権を代位して行使するものであるから、右請求権の相手方であれば被告適格を有すると解するのが相当である。そして、原告ら主張のとおり本件交換契約が無効であれば、町は所有権に基づき被告信金に対し抵当権設定登記抹消登記手続請求権を有する関係にあるから、被告信金は被告適格を有すると解され、この点に関する被告信金の主張は理由がない。

二  本件条例二条の要件該当性(争点2)

1  乙土地取得の必要性について

乙土地は、松岡北地区土地区画整理事業計画の施行区域内の道路予定地内に位置し、被告辻岡が右事業計画の方針に従う意思を有せず、町からの買収の申入れにも応じなかったため、町長であった取下げ前被告河合弘和(以下「町長」という。)は、右区域外にあった甲土地が事業計画遂行のための区域内の土地を買収する場合の代替地としての性格をも有していたことから、同土地を乙土地と交換することとして本件交換契約を締結したものであって(<書証番号略>、証人森山慎一郎、取下げ前被告河合弘和本人、被告辻岡忍本人)、右事実によれば乙土地の取得は右事業計画の実現のために必要であったと認められ、本件条例二条に定める交換の必要性の要件を充たしている。

2  甲土地と乙土地との価格差について

地方自治法二三七条二項及び本件条例二条の規定によれば、町の財産について交換契約を締結する場合には、相手方財産との価格差が、両財産のうち高価なものの価格の三分の一を超える場合は議会の議決によらなければならないと解され、右価格差の要件の判定にあたっては、行政財産の適正な管理の見地から、価格は取引価格すなわち時価を、判断の基準時は当該取得行為時を、地積は実測面積をそれぞれ意味すると解するのを相当とする。

ところで、鑑定の結果として、本件交換契約時である昭和六一年五月六日の時点で、甲土地の時価は一五二〇万七〇〇〇円、乙土地の時価は八二七万一〇〇〇円であり、両土地の価格差は六九三万六〇〇〇円であるから、これは高価な財産である甲土地の価格の三分の1.37であり、三分の一を超えているとの鑑定意見が提出されている。

この点に関し、町は、証人林逸男の証言及び<書証番号略>に基づき、本件交換契約の時点において、甲土地の価格は鑑定の結果と同じ、乙土地の価格は一〇五一万四〇〇〇円であり、差額は四六九万三〇〇〇円となり、これは高価な財産である甲土地の価格の三分の0.926であり、三分の一以下である旨主張するので、右二つの評価について検討する。

証人林逸男の証言によれば、乙土地の価格が鑑定の結果と異なるに至った理由については、同土地が土地区画整理事業予定地内に位置することをどのように価格に反映させるかという点での評価の違いとそれぞれが採用した取引事例の差異にあるものと認められるところ、まず、乙土地が土地区画整理事業予定地内に位置することについては、鑑定人も評価にあたって当然考慮しており、他方、<書証番号略>の中でその結論を導くために引用された文献ないしは資料にどの程度信用性があるのか、特に乙土地の評価に適用することにどの程度妥当性があるのか同証言によっても明らかではなく、結局、この点に関して<書証番号略>が鑑定人の用いた手法に比してより合理性、妥当性があると認めるに足りる根拠は見当らない。次に、鑑定人が採用した取引事例を排斥した根拠について同証言が指摘する点は、鑑定における三つの取引事例がいずれも乙土地の近隣ないしは周辺地域に存する土地に関するもので地域的に偏っているほか、土地区画整理事業実施に伴う補助金請求等のためになされた過去の地価評価の際に右のうち二つの取引事例がすでに採用されており、重ねて同証人による調査を行うのは右取引当事者にとって迷惑であるし、右二つの取引事例については、右地価評価において資料にされた取引価格と鑑定が資料とした取引価格とが大きく異なっていて事例として不安定である上、いずれも特殊な事情に基づく取引であるというにあるが、同証人と鑑定人がそれぞれ採用した取引事例間に地域的に有意な差があるものとは認め難く、また、同証言によっても鑑定人による各事例の取引価格の調査方法自体に不当な点があるとまでは認めるに足りない。特殊事情に基づく取引事例が含まれているとの点も、右は同証人自身による調査に基づくものではなく、被告ら補助参加人松岡町の職員の調査に基づくものとされており、同証人によってもおよそ取引事例として不適当であり、鑑定の結論を不当とすべき程度の不備があるとは認めるに足りない。従って、この点に関しても、<書証番号略>の方が鑑定人の採用した取引事例よりも合理性、妥当性があるとは認め難い。以上のとおり、右証拠によっては、甲土地と乙土地との価格の差が甲土地の価格の三分の一以下であると認めるには不十分であり、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

従って、本件交換契約は本件条例二条に定める価格差の要件を充たしていない。

三  本件交換契約の効力(争点3)

右のとおり、本件交換契約は、本件条例における価格差の要件を充たさず、かつ、本件全証拠によっても同交換契約について議会の議決があったことは窺えないから、結局、本件交換契約は地方自治法二三七条二項に反しているといわなければならない。

地方自治法二三七条は、地方公共団体の民主的かつ健全な財政運営の確保という見地から、地方公共団体の財産については原則として長による単独の処分を許さず、議会の議決ないし議会の制定した条例の定めに基づく場合に限って処分が許される旨規定しているのであり、右規定の趣旨及び規制方法からすれば、同条に反する契約は直接の相手方、第三者のいずれの関係においても無効と解すべきである。

なお、被告信金の引用する東京高等裁判所昭和五二年八月九日付判決は、随意契約の制限に関する事案であり、右は契約締結方法についての規制の問題であって、契約締結権限そのものが問題とされている本件条例の場合とは事案を異にし、本件についての判例として適切でない。

よって、本件交換契約はいずれの被告との関係においても無効といわざるを得ない。

四  被告信金が善意の第三者として保護されるかについて(争点4)

1  相対的無効の法理について

前記判断のとおり、被告信金との関係においても本件交換契約は無効であり、相対的無効の主張は採用できない。

2  民法一一〇条の類推適用について

本件交換契約は私法上の契約であり、議会の議決を要せずに処分をなしうる旨の規定がある以上、右規定による権限を基本権限として契約の直接の相手方について民法一一〇条の類推適用の余地があるが、右類推適用を考えるにあたっては、規制の趣旨及び地方公共団体の権限が法令上明確であることからすれば、権限を信頼するについて正当の理由があるといえるためには、契約締結にあたり、制限規定の趣旨に沿った相当の手続きがとられており、右手続を信頼した結果、条例の要件に適合していると認識してもやむを得ないといえるだけの特段の事情が必要であると解すべきである。

本件条例においては、財産の価額評価が要件充足の判断のためには不可欠であり、町有財産の取得管理及び処分、公の施設の施設管理及び処分に関する条例(昭和三一年九月二七日条例第三八号)二八条は、普通財産を交換しようとするときはその価格を評定しその基礎を明らかにした調書を作成しなければならない旨規定しているにもかかわらず、本件交換契約締結にあたっては、これに相当する手続はとられていない(<書証番号略>)。

森山証言中には取引価格及び課税評価の二つの方法で評価を検討した旨の供述があるが、本件全証拠によっても、いずれの方法についても前記条例における調書に匹敵する書面等が作成されたことは窺えず、課税評価については固定資産評価証明書(<書証番号略>)の記載からはかえって価格差が三分の一の範囲内でないことが窺えるのであるから、到底、信頼の対象となるべき相当の手続にあたるものではない。

従って、その余の点について考慮するまでもなく民法一一〇条の類推適用の主張は理由がない。

3  民法九四条二項の類推適用について

本件交換契約が無効とされるのは地方自治法及び本件条例二条による規制の結果であって、町及び被告辻岡が共謀して真意と異なる外観を作出した場合ではなく、また、本件全証拠を精査しても町についてこれに準ずる程度の外観作出の帰責性は認められないから、民法九四条二項の類推適用の主張は理由がない。

五  結論

以上によれば、町は、法令所定の事前の手続を踏まえなかった結果、甲土地及び乙土地の評価を誤り、地方自治法二三七条二項に反する無効な本件交換契約を締結したものであり、被告信金を保護すべき法理もすべて採用することができず、事後的にも議会の議決を受ける等の瑕疵を治癒すべき手段が取られていない(なお、全員協議会の議決をもって議会の議決に代替することはできないからこれをもって瑕疵の治癒を認める余地はない。)のであるから、原告らの請求は理由があるといわなければならない。

よって、主文のとおり、判決することとし、なお、主文一項後段について仮執行宣言は相当でないのでこれを付さない。

(裁判長裁判官 猪瀬俊雄 裁判官 林正彦 裁判官 村野裕二)

別紙 物件目録

一 福井県吉田郡松岡町椚三二字下畑ケ二六番六

宅地 661.17平方メートル

二 同所所在 木造瓦葺平屋建居宅

床面積 116.12平方メートル

三 福井県吉田郡松岡町椚三一字上松ケ原五二番

雑種地 五七一平方メートル

四 同町椚三一字上松ケ原五三番

雑種地 二九平方メートル

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例